手紙 10

昔とある欧州の町にいました折、一人の掃除夫が手を止めて、橋の欄干に肘をついた、その光景に戦慄したことをふと思い出しましたのは、外に見える木の枝に一羽の黒い小鳥がとまり、それはほんの数秒の間でしたが、動きを止めて、葉の陰にたたずんだ、そんな風景が目に入ったからです。たしかに異国の地でわたしは心底驚き、震えたものでした。今でも思うのです。あの掃除夫はあのとき一体なにを見ていたのだろうと。いや、彼の目にそのとき映ったものは何だったのだろうと。そうです、何であったのでしょうか。たぶん、何であったのでしょう。

わたしがそのとき感じたのは、簡単にいえば、見るというのはひとつの行為であるということで、それが視覚を通してなのか理性を通してなのかはともかく、認識は食事や製作と同じように行為の一種なのだということで、箒を置いたとき、彼には何が見えてしまったのだろうと、むしろそれは人に許されるのだろうかと、胸に重い衝撃を受けながら、雑想をいたずらに重ねるばかり、先を急いで足を動かしたものです。

今思いますに、私たちにはこの出来事から学ぶものがありそうな気がするのです。ここには端緒があるような気がするのです。市民が労働の合間に生じた閑暇に観照をする、それは考える葦の一本であればそのようなこともするでしょう。しかしわたしはそのとき、どこか憤慨に近い気持ちを覚え、できることなら掃除夫に駆け寄り、立てかけられた箒をその無骨な手に握らせたいと思った。それはその行為はまだ我々に許されていないという漠然とした感覚があったからに違いありません。その感覚が正当なものか妄想の類か、それは分かりませんが、その情念が生じたからには、そこには何らかの構造があったはずです。そしてそれはそこにあるものの、いまだ明らかではなく、であればそれは問われてしかるべきもののように思うのです。問いかけの声は小さく、とぎれとぎれで、不定の粘土塊に今は過ぎませんが、ここには何か覆いをかけられて、しかも私たちの注意を引く、そっと控え目にですが、何かがあるようです。

これは呼びかけとでもいうべきでしょうか。私たちはどのような仕方で応えるべきでしょうか。ここに正と不正の差が生じ得るでしょうか。実際欄干に肘をつくという行為の眼目は、それが何らかの越権行為であると感じられたという点にあり、どうしてわたしがそのように感じたかということを説明するには、おそらく以下の覚書が手がかりになるでしょう。近所の夏祭りに行った際の感想です。

「夏祭り、観照、theoria、見るということ。たしかにわたしは眺めていた。わたしは踊り手ではなかった。見る者だった。ある意味で疎外。しかし全体として見れば、踊る者と見る者の二者があってはじめて祭りは成立する。わたしは見なければならなかった。これも参加の一環なのだろう。どのような目で見るべきなのか。究極の『見る』はどういうものか。畢竟これも夢と同じではないだろうか。夢も祭りもヒントに過ぎない」

この記述から、わたしは見ることと行為することとを異なる営みとして理解していることがわかります。つまりわたしの違和感は、ある種の仕方で見ることはまだ人には許されていないのではないかという不安と言えましょう。それは見るという在り方が際立って特殊な行いであると思われているからです。あまりにも無邪気に「見る」掃除夫に、わたしはほとんど恐怖したのです。冷静に思えば、人間の「見る」は現実的にはよほどつまらないものでしょうから、わたしの恐れは過剰というか錯誤混じりというか、ともかく当を得たものではなかったかもしれませんが、つまり「見る」にあまりにも過度な期待をそれこそ無邪気に寄せていたのかもしれません。踊りを見た私、欄干にもたれて彼方を望んだ掃除夫、枝に足をとめた鳥、三者の目は、きっと同じではないでしょうけれど、ある意味ではどれも大差ないのでもありましょう。

見るというのはそれほどに特別な行為なのかということであり、もっと言えば、特別であり得るのかということです。人間は見ることができるのかということであり、祭りの感想を見る限り、わたしはどうやら見ることができるとあまりにも単純素朴に前提しているようなので、たぶんそのような見方そのものが、あえて言葉を選ぶとしたら、不敬なのでしょう。

2026.09.06

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